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東京高等裁判所 昭和57年(ネ)615号 判決

控訴人(原告) 川井一郎

被控訴人(被告) フォード自動車(日本)株式会社

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  控訴人の主位的確認請求を棄却する。

2  被控訴人は控訴人に対し金三二万六〇〇〇円及びこれに対する昭和五六年三月二六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  控訴人のその余の金員請求を棄却する。

二  控訴人の当審における予備的確認請求を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

四  この判決の第一項2は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の申立

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  (一) (主位的請求)

控訴人と被控訴人との間に雇用契約関係が存在し、控訴人が被控訴人の人事本部長としての地位を有することを確認する。

(二) (予備的請求―当審における追加請求)

控訴人と被控訴人との間に雇用契約関係が存在し、控訴人が被控訴人の従業員としての地位を有することを確認する。

3  被控訴人は控訴人に対し、五三三四万四一〇〇円及びこれに立する昭和五六年三月二六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

4  被控訴人は控訴人に対し、同年四月一日以降毎月二五日限り一か月九五万七〇〇〇円並びに毎年六月末日限り一六八万二〇〇〇円及び一二月末日限り二五二万三〇〇〇円をそれぞれ支払え。

5  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

6  前記3、4につき仮執行宣言

二  被控訴人

1  本件控訴及び控訴人の当審における予備的請求をいずれも棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二当事者の主張

次のとおり附加・訂正するほかは、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

一  原判決三枚目表五行目にある「原告以下同行末尾まで」を削除し、同九行目の「昇給差額分」の次に「(同年六月に実施された昇給による賃金・夏賞与の差額)」を、同四枚目裏二行目の次に行をかえて「6 控訴人は仮に人事本部長としての職務上の地位を解かれたとしても、依然として従業員としての地位を保有するものである。」とそれぞれ加え、同三行目の冒頭に「6」とあるのを「7」と改め、同行目の「被告に対し、」の次に「主位的請求として、」を、次行の「存在確認を」の次に「、予備的請求(当審における追加請求)として、被控訴人の従業員としての雇用契約関係の存在確認」をそれぞれ加える。

二  1 同六枚目表一行目を次のとおり改める。

「2 本件雇用契約は人事本部長としての職務上の地位を特定した契約であるから、被控訴人は控訴人の解雇にあたり、人事本部長以外の職務上の地位ないし職種を提供すべき義務を負うものではなく、また、解雇事由は一般の従業員のそれではなく、人事本部長たる地位を前提とするもので足りるのである。本件解雇の具体的理由は次のとおりである。」

2 同一〇枚目表二行目から次行にかけて「ラムゼイ社長」とあるのを「当時の被控訴人代表取締役シー・ウイリアム・ラムゼイ(以下「ラムゼイ社長」という。)」と改める。

三  1 同一二枚目表四行目及び五行目を「社長に次ぐ最上級管理職四つのうちの一つであること、規則(ト)(リ)の各規定が存在することは認め、本件契約が職務上の地位を特定する契約であることは否認し、右(ト)(リ)の各規定に該当するとの点は争う。本件契約においては、控訴人の職務上の地位は人事本部長に特定されておらず、また将来にわたつて控訴人の職務上の地位ないし職種を一切変更しない旨の特約は結ばれていないから、控訴人を解雇するには、人事本部長の地位を前提とする解雇事由のみでは足りず、一般の従業員を前提とする解雇事由が存在しなければならない。」と改める。

2 同一三枚目表五行目の冒頭から同八行目の末尾までを「このような状態の中でも、工員との良好な人間関係を形成するために、しばしば子安工場に赴いただけでなく、昭和五二年一月一七日からレイ・オフの実施にあたり、時間給制従業員を勤務成績順に三つのグループに分け、成績良好な従業員に対するレイ・オフの実施を遅らせ、被控訴人に対する好意的な態度を保持させようと努力し、希望退職計画の実施にあたつては、事前に、各職場から選出された従業員代表者に対し、実施の必要性、実施方法について十分に説明し、協力を要請した。」を、同裏二行目の末尾に続けて「しかし、被控訴人が控訴人に従業員との一体的人間関係を樹立させようとした真実の意図は、従業員間にあつた労働組合結成の動きを事前に察知し、これを阻止するという違法な行為を控訴人に強制することにあつたのである。」をそれぞれ加える。

四  1 同二〇枚目表六行目と次行との間に「昭和五一年一二月三〇日管理者業績評定書によつて、控訴人が翌年中に達成すべき目標は、余剰人員の整理と定められたが、この目標の実現こそ人事本部長としての控訴人の本来の職務内容であり、かつその実現が控訴人に期待されたのである。そして控訴人は、希望退職計画の実施等に際し、最高責任者として自ら中心的な役割を果したが、右実施過程での控訴人の主な業績は次のとおりである。」を加える。

2 同二四枚目裏五行目の末尾に続けて「右辞表提出前に、控訴人が被控訴人の過剰人員の実態及び人員整理の必要性を知つていたならば、人事本部長として就職することはありえない状況にあつたのであるから、被控訴人は控訴人に対し、右実情を告知すべき義務があつたにもかかわらず、右実情を殊更に隠蔽して人事本部長への就職を強力に勧めたのである。」を加える。

五  控訴人の当審における予備的請求の原因

本件契約によつて、控訴人の職務上の地位が人事本部長と特定され、しかも控訴人が人事本部長として不適格であるとしても、被控訴人の就業規則一〇条一項の規定(当会社はその判断で従業員の配置転換、または転勤を命じることができる。)及び配置転換の一般的慣行並びに被控訴人が控訴人に対して人事本部長以外の業務の担当を多く命じたこと等に鑑みれば、控訴人が人事本部長以外の職務上の地位ないし職種について適格性を有していれば、被控訴人は配転等の人事異動を行うべき義務があるものというべきである。かかる人事異動の余地もなく、一般従業員としても、就業規則所定の解雇事由が存在する場合に限り、解雇は有効となるものである。ところが、控訴人は他の一般従業員として、十分な適格性を有しており、被控訴人主張の解雇事由は、人事本部長たる控訴人についてのものであつて、一般従業員としての控訴人を解雇する事由に当らないものというべきである。したがつて本件解雇は無効であつて、控訴人と被控訴人との間には、雇用契約関係が存在し、控訴人は被控訴人の従業員としての地位を有している。

六  右に対する被控訴人の答弁・反論

本件契約が人事本部長という地位を特定したものである以上、被控訴人はこれに不適格な控訴人に他の地位を提供すべき義務を負うものではない。

第三証拠関係〈省略〉

理由

一  当裁判所も、控訴人の本訴請求のうち各地位確認請求は、主位的、予備的のいずれも失当として棄却を免れないものと判断するが、その理由は次のとおり附加・補正するほかは、原判決理由説示(原判決三三枚目表二行目から同五〇枚目裏三行目まで)と同一であるから、これを引用する。

1  同三三枚目表五行目に「試用期間を満了したこと」とあるのを「試用期間が満了し、引き続き雇用されたこと」と改め、同行目の「原告が」から同八行目の「とおりであること」までを削除し、同三四枚目裏五行目冒頭から同一〇行目の「できるばかりでなく、」までを「前示のとおり、」と、同三五枚目表一行目から次行にかけて「中途採用されたものであることは当事者間に争いがなく、」とあるのを「中途採用されたものであり、」と、同六行目に「原告本人尋問の結果」とあるのを「原審及び当審における控訴人本人尋問の結果」とそれぞれ改め、同行目の「総合すれば、」の次に「被控訴人はフアスパツクの統轄のもとにあり、昭和五一年九月当時、被控訴人には社長のもとに、工場長、財務本部長、営業本部長及び人事本部長の四つの最上級管理職が配置されており、その従業員は約三五〇名であつたこと、人事本部は労務部と人事部に分れ、労務部には、労務部長、クラーク各一名、人事部には、人事部長、看護婦、安全保安課長各一名、守衛一〇名が配置され、上記人員に人事本部長及びその秘書一名を加え、人事本部所属の従業員は一七名であつたこと、従業員は月給制(事務系統)と時間給制(現業系統)に分れていたこと、被控訴人は右当時各本部長に日本人をあてる方針を樹てていたこと、」を加える。

2  同三七枚目裏八行目から次行にかけて「業務」とある次に「の履行」を加え、同一〇行目の「被告の主張」から同三九枚目表一行目の「右各争いのない事実及び」までを削除し、同二行目から次行にかけて「同第一三号証の一三ないし一五、同号証の二一、」とあるのを「同第一三号証の一ないし二二、同第一九号証の一ないし三(但し後記信用しない部分を除く。)、」と改め、同三行目の「同第三四号証、」の次に「乙第五号証の二、三、」を加え、同八行目から次行にかけて「原告本人尋問の結果」とあるのを「原審及び当審における控訴人本人尋問の結果」と改める。

3  同三九枚目裏一〇行目から同四一枚目表一〇行目までを次のとおり改める。

「(2) 子安工場は、昭和五一年一〇月一八日から同年一二月中旬までの間、翌五二年一月一七日から翌月中旬までの間、過半数の従業員がレイ・オフに入つたため、一部閉鎖の状態となり、更にその間に年末年始の休日もあり、そのうえ、控訴人は同年二月六日から同月二四日までの間、フアスパツクにおける研修に参加し、さらに同年三月一五日から翌月四日までの間は、希望退職者の募集計画が実施されたため、控訴人が直接従業員と接触する機会は制限されていたとはいうものの、控訴人は同計画の実施過程で、各職場から選出された従業員代表者との会合を持つた程度であり、同工場に足を運んで個々の従業員に対する認識を深めるための努力を十分にしなかつた(当時被控訴人の従業員は労働組合を結成していなかつたが、控訴人に人事本部長として、主導的立場で個々の従業員と接触することが期待されたのは、必ずしも労働組合結成の阻止を目的としたものではなく、直接個々の従業員から労働環境ないし労働条件等につき意見を聴取し、労使関係を円満な状態に保つことについての資料を収集することにあつたのである。)。

(3) 控訴人の前勤務先である日本IBMは、被控訴人よりもはるかに多数の従業員を擁する大規模な会社であるため、同社の管理職は事務処理の円滑を図る上で部下に事務を委譲することが多く、かかる大会社の人事部長の経験から控訴人が同一の執務態度で被控訴人の事務を処理することになれば、控訴人の部下の執務量が過多となるので、リンゼイは、当面、控訴人の教育・訓練をも兼ねて、部下の仕事が過量となることを回避するため、控訴人に対し、文書の起案、作成及びテレツクス打ちを部下に委譲せず、自ら実行するよう指示した。しかし控訴人は文書の重要な部分の起案を部下に命ずることが多く、その執務態度を改善しようと努力しなかつた。その結果、リンゼイ及びラムゼイ社長は控訴人の文書作成能力及び事務処理能力を低く評価せざるをえなかつた。

(4) リンゼイは同五二年一月五日付で控訴人についての第一回目の勤務評定をした。同評定を要約すれば、(一) 控訴人は業務を部下に委譲し、仕事の完成につき部下から相当の助力を受け、仕事の結果を再調査するにすぎない、(二) 控訴人は巨大な組織内で業務を担当していた職歴に禍いされて、直接従業員と接触するなどして、親密かつ友好的な関係を作り出そうとする行動に欠けている、(三) 控訴人は管理職と微妙な問題につき討議するとき、慎重な態度に欠ける、(四) 控訴人は各種の文書を自ら作成しない、ということであり、そのころリンゼイは、控訴人との間で、右勤務評定中の各点につき、話し合いをし、改善するよう指導した。

(5) 右指導後も、控訴人の執務態度には変化がみられなかつた。そこで、リンゼイは、同年一月一八日控訴人に対し、人事の分野に注意・努力を集中すべきこと、課せられた事務は自ら処理して能力を実証すべきこと、連絡文書は自ら起案作成すべきことを要望した(右要望の事実は当事者間に争いがない。)。

(6) 同年一月二五日付でリンゼイによつて第二回目の勤務評定がなされた。これを要約すると、(一) 控訴人は本来の任務である人事関係の業務でなく、経営企画及び広報関係の業務に熱意を示す傾向にある、(二) 控訴人は文書作成等の仕事を部下に委譲している、(三) 自己の本来の業務とそれ以外の従たる仕事の処理の順序を判断する能力に欠けている、というものであり、総じて控訴人の執務状況はリンゼイを安心させるものではなく、控訴人は人事本部長の職務及びこれに関連する被控訴人の方針・手続等を理解していないように見受けられた。

(7) 同年一月二五日当時、リンゼイ、平尾洋一労務部長、古川一夫人事部長はジヨブ・オーデイツトを分担実施中であつた。リンゼイは控訴人に対し、古川人事部長とともに、五五の職についてのジヨブ・オーデイツトを実施するよう指示したが、控訴人はこのうち五つの職について実施したにすぎなかつた(右事実のうち控訴人に関する部分は当事者間に争いがない。)。他方古川人事部長は三二の職についてこれを実施した。

ところで、ジヨブ・オーデイツトの本来の目的ないし効用は、各従業員の担当する仕事の質、量、内容等を把握し、職場の組織変更等の要否を検討する資料を収集することにあるが、控訴人に対する関係では、右目的以外に、ジヨブ・オーデイツトの実施を通じて、控訴人を小規模な被控訴人の人事本部長としての職務に適応するよう訓練し、これにより、控訴人にかかる適応能力のあることを実証させるとともに、面接した従業員に対する個人的な理解を深めるという狙いもあつた。そこでリンゼイは、当初から、控訴人に対し、早期にジヨブ・オーデイツトを完了するよう強く指示した。控訴人がリンゼイの指示どおり実施していれば、前示の五つの職だけでなく、古川人事部長と匹敵する数量の作業を遂行できる状況にあつたにもかかわらず、控訴人はジヨブ・オーデイツトの本来の目的のみを力説し、リンゼイの指示に従わなかつた。」

4  同四一枚目裏二行目の「研修を受けたが」及び同六行目の「会つたが」の次に、それぞれ「(右事実は当事者間に争いがない。)」を加える。

5  同一〇行目の「同年三月」から同四二枚目表九行目までを次のとおり改める。

「(イ) 控訴人の指導にあたつていたリンゼイは昭和五二年二月三日から同年四月三〇日までの間、フアスパツクに出張し、控訴人は同年三月初旬から単独で人事本部長の職務を行つた(この点は当事者間に争いがない。)。同月一五日から実施された人員整理計画(右計画実施については当事者間に争いがない。)において、希望退職者六〇名を予定し、退職希望者との面接は、各部門の部長と平尾労務部長が担当し、控訴人は同計画の実施に関しては、その細部の方策ないし計画の樹立を担当し、むしろ、ジヨブ・オーデイツトの完結に力を注ぐようリンゼイから指示されていた。

(ロ) ラムゼイ社長が同年三月控訴人に対し、ジヨブ・オーデイツトの進行状況を尋ねた際、控訴人は全調査を翌四月二五日に完了すると答えた(右事実は当事者間に争いがない。)。

(ハ) ラムゼイ社長は控訴人から提出されるジヨブ・オーデイツトの結果をみて、控訴人の文書作成能力、分析力、決断力等を評価しようとしたが、その後全く進捗しないため、同年三月末に至つても右の評価はできなかつた。

(ニ) 控訴人がフアスパツクの研修終了後も、ジヨブ・オーデイツトを実施しなかつたので、ラムゼイ社長は、同年四月一日控訴人に対し、再度進行状況の報告を求めた(右事実は当事者間に争いがない。)。ところが、その実施が遅滞しているうちに、そのころ工場長や営業部長らから、職場の組織変更の案件が提示されるに及び、控訴人は右組織変更の解決まで残りのジヨブ・オーデイツトの実施を延引せざるをえないことになり、やむなくその完了時期が一、二か月先になると回答した(右事実は当事者間に争いがない。)。」

6  同四二枚目裏一〇行目の「原告は」から同四三枚目表八行目までを次のとおり改める。

「 従前子安工場の警備は、警備保障会社から派遣される警備員と被控訴人の従業員(守衛)二名によつてなされていたが、昭和五一年一月経費削減の一環として、同会社への警備委託が廃止され、被控訴人の時間給制従業員(工員)五名が月給制従業員たる守衛に配転された。

ところが同五二年三月一五日から実施された人員整理により、六〇名が希望退職し、かえつて、時間給制従業員に不足を生じたため、工場長、生産部長らから守衛のうち五名を工場の現場に配転されたいとの要請を受けた控訴人は、ラムゼイ社長の了解を得て、同年四月四日右守衛五名に現場への配転を命じ、同工場の警備は警備保障会社に委託することとし、同月六日からこれを実施した。

しかし守衛を工員に配転することは、月給制従業員の定員の変更を伴うため、被控訴人の事務処理手続上、右配転については、フアスパツクの承認を受けることが要件とされていた。控訴人は、このことを知つていたにもかかわらず、同月四日フアスパツクに対する承認の上申手続をしただけで、平尾労務部長、古川人事部長の助言に従うことなく、前示のとおり配転を実施したところ、フアスパツクは同月一五日被控訴人に対し財務上の理由により不承認の通知をした。」

7  同四三枚目裏三行目に「原告本人の供述部分」とあるのを「甲第一九号証の一ないし三の各供述記載部分並びに原審及び当審における控訴人本人の各供述部分」と、同一〇行目に「特段の能力の存在を期待して」とあるのを「特段の能力を保有するものとして、早期に人事本部長としての職務に習熟し、被控訴人の規則及び方針に従つて執務してくれるものと期待し」と、同四四枚目裏七行目の「目的の一つが、」から次行の「認識しながら、」までを「目的を認識し又は認識しえたにもかかわらず、」と、同四五枚目表七行目の「被告会社」から同行末尾までを「被控訴人における最上級管理職の一つである人事本部長として備えるべき適格性を欠き、」とそれぞれ改める。

8  同四六枚目裏末行冒頭から同四七枚目裏一行目までを次のとおり改める。

「 し、成立に争いのない甲第二五号証、原審証人平尾洋一の証言、原審及び当審における控訴人本人尋問の結果によれば、昭和五一年一二月三〇日控訴人とラムゼイ社長との間で、管理者業績評定書が作成され、翌五二年中に達成すべき控訴人の業務目標の一つとして、人員整理の実施が掲げられたこと、同年四月四日ころまでに右人員整理が計画どおり達成されたこと、控訴人は人事本部長として右実施にあたつたことが認められる。しかしながら、控訴人が人事本部長として右計画の実施にあたることは、職務上当然であり、しかも、同計画は当時被控訴人においてその実現が必須とされていたものであり、この遂行にあたつては、平尾労務部長及び古川人事部長らの努力が多大であつたことは、前掲平尾証言によつて明らかであるから、右人員整理の目標が達成されたからといつて、人事本部長としての適格性が十分であると速断することはできないものというべく、その目標達成に至る過程及び人事本部長の職務全般の処理にわたつて、被控訴人の方針、就業規則の定め及び監督上の指示を忠実に遵守しなければ人事本部長としての適格性を具備しているとはいえないものというべきところ、(一)に認定(本判決における訂正後のもの)の控訴人の執務態度、その実績に照らせば、右目標の達成にもかかわらず、(三)の認定判断を動かすことはできない。」

9  同四七枚目裏三行目の「まず」の次に「百貨店等における自動車の陳列及び」を加える。

10  同四八枚目裏一行目冒頭の「三」を「四」に改め、同行の前に次の一項を加える。

「三 控訴人の当審における予備的請求について判断する。

成立に争いのない甲第四五号証によれば、被控訴人の就業規則一〇条に「当会社はその判断で従業員の配置転換、又は転勤を命じることができる。従業員は、正当な理由がない限り、転勤又は配置転換を拒否することはできない。」と規定されていることは明らかであり、また控訴人が本来人事関係に属しない業務に当つたことのあることは原判決四七枚目裏三行目(二〇三頁七行目のまず)から同末行までに説示(本判決で附加した分も含む。)のとおりである。しかしながら、先に判示のとおり控訴人・被控訴人間の本件雇用契約は、控訴人の学歴・職歴に着目して締結された、人事本部長という地位を特定した契約であつて、控訴人としては提供される職位が人事本部長でなく一般の人事課員であつたならば入社する意思はなく、被控訴人としても控訴人を人事本部長以外の地位・職務では採用する意思がなかつたというのであり、また、原審証人エイ・エム・リンゼイの証言によれば、前記説示にかかる業務は、被控訴人の組織部分の間隙に介在する分野のものであつて、従前から、各部門において適宜分掌していたことが認められ、これによると、右業務は人事本部長の職務に付随するものにすぎないから、控訴人が被控訴人から右業務の処理を命ぜられたことがあつたからといつて、控訴人の職務上の地位にいささかも変動をもたらすものではなく、したがつて、被控訴人には控訴人を人事本部長として不適格と判断した場合に、あらためて右規則一〇条に則り異なる職位・職種への適格性を判定し、当該部署への配置転換等を命ずべき義務を負うものではないと解するのが相当である。

以上によれば、控訴人の当審における予備的請求は、その余の判断をするまでもなく失当というべきである。」

11  同四八枚目裏五行目の「被告会社」から同四九枚目表一行目までを次のとおり改める。

「前掲甲第四、第五号証、同第一七号証、同第一九号証の一、原審証人エイ・エム・リンゼイの証言、原審及び当審における控訴人本人尋問の結果によると、控訴人とリンゼイはイムカによつて紹介され、昭和五一年四月ころから就職の交渉に入つたこと、被控訴人は、それ以前から、人員整理の必要に迫られていたこと、しかし、六回以上にわたる両者の面談及び書類の交換の機会に、人員整理問題は話題に上らなかつたこと、リンゼイは同年九月六日控訴人に対し人事本部長への就職方の申入れをしたこと、控訴人は同月一三日右申入れを承諾し、同月三〇日に日本IBMに退職願を提出したところ、翌一〇月五日ころリンゼイから人員過剰問題を知らされたこと、控訴人は同月一五日から被控訴人の人事本部長として執務を開始したことが認められる。しかし前示のとおり、被控訴人が人事本部長を控訴人に交代したのは、本部長職に日本人を充てることが適当であると判断したためであり、控訴人に対し人員整理完徹の責任を負わせるだけの目的で、同人を採用したものであることを認めるに足りる証拠はなく、また人員整理問題は人事関係の最上級管理職である人事本部長に就職しようとする者としては当然に予想すべき事柄であり、この点に危惧があれば入社までに十分な期間が存したのであるから、自らの責任で調査確認の上就職の可否を決すべきであり、被控訴人としては、控訴人の就職前には、同人に対し、積極的に、会社にとつて最上級の機密事項に属する人員整理計画の存在について告知すべき義務があるとはいえないと解するのが相当である。」

12  同四九枚目表四行目の「争いのない乙」の次に「第二号証、同」を、同九行目の「前記」の次に「二」を、同一〇行目の「認定判断したように」の次に「人事本部長としての適格性に欠け、」をそれぞれ加える。

13  同五〇枚目表末行の次に行をかえて次の説示を加える。

「5 なお、控訴人が人員整理その他の業務の執行にあたり、前示認定の限度で、被控訴人に対する貢献をしたとしても、それは人事本部長として当然になすべき職務の一端を行つたにすぎず、そのことの故に、前認定の事由に基づく被控訴人の解雇権の行使が制限されるいわれはないというべきである。」

14  同五〇枚目裏一行目に「5 以上の事実によれば、」とあるのを「6 以上に説示したところによれば、」と改める。

二  以上の次第で、被控訴人・控訴人間の本件雇用契約は、本件解雇の意思表示により昭和五二年八月三一日をもつて終了し、控訴人は被控訴人の人事本部長としての地位を喪失し、その他の従業員としての地位も保有するものではないといわざるをえない。

三  次に控訴人の賃金及び賞与の支払請求について判断する。

前示認定によれば、控訴人は被控訴人に対し、本件雇用契約の終了日である昭和五二年八月三一日までの賃金及び賞与の支払を請求できるものというべく、同年六月に被控訴人において実施された昇給による控訴人の同月一日から同年八月三一日までの間の賃金及び夏賞与の差額が合計三二万六〇〇〇円であることは当事者間に争いがないから、したがつて、被控訴人は控訴人に対し、右金員及びこれに対する支給日後の昭和五六年三月二六日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるものというべきであるが、昭和五二年九月一日以降の賃金及び賞与の支払義務を負うものでないことは明らかである。

四  そうすると、控訴人の本訴請求中、各地位確認請求はいずれも理由がないから、これを棄却すべく、金員支払請求は前記三に認定の限度で理由があるから、これを認容し、その余を失当として棄却すべきである。

五  してみると、控訴人の請求(当審で追加された予備的請求を除く。)をいずれも棄却した原判決は一部失当であるから、主文第一項のとおり変更し、かつ控訴人の当審における予備的請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九二条、八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木潔 鹿山春男 岡山宏)

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